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2025.08.18
「ひと」寺子屋で子ども達をあたたかく見守る人・佐々木信行会員
佐々木信行会員
~寺子屋幻想~
現役の頃でも土曜日はゆっくりすることが多かったのに、この精勤ぶりはどうしたことだろう。かれこれ10年ほど月2回は妙法寺での寺子屋に通っている。
思えばわが一人娘には、大学の卒業式しか付き合ったことがないので、家人があきれるのも無理はない。
ランチのお手伝いはできないし、机などの準備もせず、ただ受付コーナーに陣取って、やってくる子どもたちの確認と見守り専管だ。ほとんどがいわゆる“キラキラネーム”で奇想天外な名前も少なくない。彼らからみれば“じいじ”どころか“ひいじじい”の私は、顔と名前が覚えづらく、チェックに時間がかかってしまう。
さりながら、長く定点観測を続けていると子どもたちの成長と生態もよくわかり、なかなか面白い。
寺子屋といっても先生役はいず、自習が建前なのだが、時に教えて欲し気な目と出会うことがある。
こんな時に僕の中に眠っている寺子屋幻想が突如鮮やかに蘇える。それは中学3年間の英語の私塾経験だ。ある老先生が趣味で始めた生徒4,5人の現代版寺子屋で、最初の半年間は明らかに中学生向きではない「発音学」の本を与えられ、30~40分アルファベットや英語特有の曖昧母音やらの発音練習だけで終わる。その後も昔の寺子屋定番の「素読」と古今東西の歴史などのお話のみで、学校の授業の方がどんどん進んでいく。
だが、これこそが学校では教えてくれない知識と自分の知らない世界に目を開かせてくれたのである。
かくして、無理は承知ながらも目の前の子どもたちにあの頃を再現してやりたいというノスタルジックな気持ちに襲われてしまう。
いかん、いかん。今の寺子屋・キワニスは家庭でも学校でもない楽しい「場所」を与えることが眼目で、自分勝手な大それた夢は禁物だ。
はっと我にかえると、いつものお土産を早く早くと急かせる子どもたちの行列ができていた。
「ではまた、来週。みんな気を付けて。」
佐々木信行



